遺族の中でのお別れ お線香をあげる事だけが弔いでは有りません

自分なりの弔いが最良の弔い・お金と弔いの気持ちとは関係有りません

毎日仏壇をあけ、お供えをし、手をあわせる。

 

これもとても立派な「弔い」の儀式です。

 

しかし弔いの形は一つではありません。

 

 

自分なりの弔いの形が最良の弔い

遺族の中でのおわかれ

遺族の中でのおわかれ

どのように故人の死を受け入れ、弔い、偲ぶかという喪の儀式は、100人いれば100通りの方法があるのです。

 

線香を一本もあげなくても、心の中で故人の死を悼んでいるなら、それも立派な弔いの形です。

 

毎日お墓を掃除し、綺麗に清めるのもそうですし、命日ではなく誕生日にお花を供えにいくのでも良いでしょう。

 

普段は何も考えていなくても、ちょっとした瞬間、たとえば古い携帯に故人からきたメールが残っていたときに想い出す、それだけでも十分です。

 

お金と弔いの気持ちとは関係ありません

私は遠方に住んでいますから、母の命日にお参りに行くことは出来ません。

 

2012年に七周忌が終わり、一段落ついたということもあり、翌年の2013年はお参りをしました。

 

彼女の命日に、好きだった花を買ってきて、花弁に火をつけて燃やしたのですね。

 

お盆には別の親戚の一周忌に出ていましたし、実家にはもう父しかいませんから、特に里帰りもしません。

 

このように簡単に、また安価に済んでしまう弔いの形を、「冷たい」「薄情だ」と感じる人もいるでしょう。

 

しかし弔いの形に正解はありません

 

極端な話、故人を思い出すことがほとんどなく、命日さえ忘れてしまっても、あなたが元気で生きていることもまた、故人からすればとても嬉しいことでしょう。

 

葬儀において一番必要なのは、故人を送る心であり、それ以外ではありません。

 

簡単であるとか、費用をかけないとか、それらは葬儀の本質、意義とは全く関係がありません。

 

簡素な葬儀でも、お金をかけずとも、できる弔いの形、立派な葬儀はあるのです。

 

当サイトのアドバイスをご参考に、貴方なりの葬儀を執り行って下さい。

 

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