残された遺族の気持ち 元気を出す必要も無ければ泣く必要も無い

愛する故人を悼むとは・ある喪主とその奥様の実例

「元気を出してね」

 

「落ち込んでいては、○○さんも悲しむから」

 

「いろいろ大変だと思うけど、頑張ってね」

 

これらの言葉は、全て善意からでしょうから、あまり悪く捉えるのは望ましくありません。

 

 

愛する故人を悼むとは

故人を悼むとは

故人を悼むとは

しかし、遺族は元気を出す必要もなければ、また「泣かなければいけない」ものでもありません。

 

悲しければいつまでも悲しみに沈んでいても良いし、泣くタイミングを見失って涙を流せないなら、それはそれで構わないのです。

 

泣きたいときに泣き、怒りたいときに怒り、悲しいときに悲しめばいいのです。

 

無理に「しっかりしよう」「立ち直ろう」とする必要もなければ、「遺族なのだから、笑っていてはおかしい」「雑談していてはいけない」と自分を追い込む必要もありません

 

ある喪主とその奥様の実例

半年、一年、三年、五年、七年、十年と少なくない年月が経っても故人を思い出して泣いてしまうこともあるでしょうし、悲しみが癒えないことだってあるでしょう。

 

そのような心の動きを、無理に抑える必要はありません。

 

また、「半年前に御葬式があったから、次の友人の結婚式は控えなければならない」という考えも、社会通念上は正しいのですが、あなたが「どうしても出席したい」と強く願うなら、出席しても良いでしょう。

 

実際、「両親を五月に送ったけれど、懇意にしていた姪っ子が七月に結婚するので、新郎新婦が気にしないなら出席したい」と出席された方もいます。

 

悲しい別れの葬儀の後に、嬉しい出会いがあるから、とその喪主とその奥様が笑っておられたことが、今も忘れられません。

 

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